今回、二週にわたってお送りするゲストは、文藝春秋の第二出版局翻訳出版部部長の下山進さん。下山さんが編集に携わったデイヴィッド・ハルバースタムの『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争』を中心にお話を伺います。
■「デイヴィッド・ハルバースタム」
この本を手にとったきっかけは書評だったという菅原。なぜ、多くの書評が寄せられているのか下山さんに聞きました。
「ハルバースタムは、ジャーナリストならみんな知っている人。『ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争』は、ベトナム戦争のノンフィクションで世に出た彼が最後に書いた作品で、彼が10年がかりで書いた本なんです。たくさんの記者が書評を寄せたのは、記者達が彼に特別な思いを抱いているからなんです。」(下山)
「実は1993年にハルバースタムに会っているんです。その後、彼が朝鮮戦争をテーマに書いていることを知って接触をしてたんですが、その交渉途中に交通事故で亡くなってしまったので、ご家族と交渉して版権を手に入れました。」(下山)
「ビジネス的なことは意識しましたか。」(菅原)
「部長なので、売れるかどうかの判断は当然しなくてはいけないんですが、"ハルバースタムが朝鮮戦争を書いた"というものならば、売れると思いました。」(下山)
■「アメリカの忘れられた戦争」
「朝鮮戦争は"アメリカの忘れられた戦争"といわれている戦争ですが、3万3000人のアメリカ人が死んだ。土も凍る寒さで、過酷さはベトナム戦争よりも上だったのではないかと思います。」(下山)
■「マッカーサーという人物」
「マッカーサーは、アンタッチャブルな存在。誰かに会う時など、鏡の前で予行練習してた。コレヒドール島を脱出した際に発せられた「I shall return」(私は必ず帰ってくる)。アメリカの政府はマッカーサーに「We shall return」(私たちは必ず帰ってくる)という表現を使うように指示したんですが、彼にとって"We"はありえなかったんでしょうね。"老兵は死なず、ただ消え去るのみ"という名言も自分のスター性を上げるためのパフォーマンスだったんですね。」(下山)
「天皇との写真も"日本のエンペラーは自分だ"というような感じでしたよね。」(菅原)
「あれもプロパガンダだったんでしょうね。」(下山)
■「過去を知ることは大切なこと」
「中国がアメリカと戦争してたと認識する人が少ないんです。当時、中国は陸軍であればアメリカに勝てると思ってた。そして、引き分けに持ち込んだ。これは大きい。実際に朝鮮戦争以降、中国が認知されていきました。東西の冷戦構造は崩れましたが、極東アジアは朝鮮戦争のまま残っています。組織の長が間違った判断をしてたらどうするか、それを矯正できなかったらどうなるかということをこの本は言っています。」(下山)
「過去を知ることは未来への備えになりますよね。本当に質が高い本で、教科書としても、エンターテインメントとしてもすばらしい本だと思います。」(菅原)
■下山進
1962年東京生まれ。86年早稲田大学政治経済学部卒、同年(株)文藝春秋入社。92年~93年コロンビア大学ジャーナリズムスクール留学。著書に、米国の調査報道の衰退を80年代の資本主義の変質から捉えた『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善)がある。
■デイヴィッド・ハルバースタム
1934年ニューヨーク生まれ。ハーヴァード大学卒業。ニューヨークタイムズの海外特派員として活躍。 1964年ベトナム戦争報道で、ピュリッツァー賞を受賞。政治・経済・社会を徹底取材するアメリカを代表するジャーナリスト。